レセプション#⑴
日本に帰ってきて俺が日本人だってことをあえて言う必要がないことを思い知らされた。同時に日本人だからということがマジョリティなのが日本なんだと思い知らされた。
これって当たり前のことじゃないからね。すごく特別なことだから。自国の民族が自国に住めない民族だって世界を見渡せば山のようにいる。
日本人が外国に住んでマジョリティでも受け入れられるのはどうしてかって俺はコルドバにいる間けっこう考えることがあった。バックパッカーでどこの国に行ってもわりいい感じで俺は受け入れてもらえたから。
結論として、先人たちの功績だと思った。今まで世界中で仕事をしていた日本人が品性を保って生活してくれたおかげで現代の日本人の俺たちは世界で割と好意的に受け入れてもらえやすいんだと思った。
今からのち、100年後同じようなことが起こるかは俺にはわからない。でもあぐらをかいていたら、きっとそうはいかないと断言できる。
日本人として日本で暮らしていると、違和感を感じやすい。それは俺が長い間、海外で外国人として暮らしてきたからだと思う。日本人だから日本語ができて当たり前、日本の文化を知っていて当たり前。言い訳かもしれないけど、俺、20年近くスペインに住んでたんだよ?もう浦島太郎みたいなもんだからって冗談を言えるようなところもほとんどない。この間結婚したやつを入れて7人、それが俺の日本での居場所であり家族だった。実の家族もいるよ。でもやっぱり20年の日本ブランクのせいか、色物扱いされていることは肌で感じている。身内だからはっきり伝えることも論理的というよりも、時に感情的で辛辣だ。俺だって傷つく。
日本は俺たちのような帰国子女や海外生活が長かった奴らかすると暮らしにくい。だから、外国人にとって日本は観光はしやすい国かもしれないけれど暮らしにくい国なんじゃないかっていつも思ってる。社会を変えたいとかそんなことを思えるほどまだ余裕はないけれど、一定の危機感は感じている。
このままいったら、きっと日本は100年後世界中の誰にも相手にされなくなるんじゃないかって。
政治の仕組みも、人々の道徳感も、こんなに不思議な国はないと思う。日本人はそれをわかっているような口ぶりで話すけれど、全くわからないと思っている。だって外国だからかっこいいって思考で俺に近寄ってくる女ばかりだったから。
日本人の女の子だから好きとか、嫌いだとかそんなことは一切ない。けれど、大体の日本人の女の子は俺に興味があるんじゃなくて、俺の見た目とか俺が海外にいたとかそんなことばかりに注目する。良い証拠に俺と会話ができない。「どうしてそう思うの?」と聞くと、この人失礼じゃない?という顔をする。すごく繊細な感情の話になるから、この話はまた今度。
0コメント